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新渡戸カレッジ履修生・修了生、フェロー・メンターからのメッセージです。

同質に頼らず、考え抜く力を鍛える

渋江 隆雄
投稿日: 2020-02-12

プロフィール

渋江 隆雄(しぶえ たかお)さん
元三井金属鉱業株式会社 執行役員
1975年 北海道大学工学部卒業

神奈川県横浜市生まれ。1975年北海道大学工学部卒業後、南米に行きたくて三井金属鉱業株式会社に入社。子会社である神岡鉱業株式会社に着任。その後本社人事部や研究所、マレーシア赴任を経て、2007年神岡鉱業株式会社代表取締役。スーパーカミオカンデ建設に携わるかたわら、長年にわたり「イタイイタイ病」被害者団体とともに全面解決に向けて取り組んだ。2011年に三井金属退任後は南米チリのカセロネス銅鉱山の開発をサポート。

「わかってくれる」が通じない海外赴任

私の会社員経歴は、三井金属という会社の中でも少し異色なほうだと思います。入社時は資源開発の技術職として岐阜県の神岡町に赴任しましたが、じきにひょんなことから労働組合運動に携わりまして、従業員側が主張する権利と会社側の言い分の間に立つ役回りを務めました。合理化による人員削減や賃金カットなどずいぶん辛い局面にも立ち会いましたが、この組合運動の6年間が私の人生で非常に貴重な経験になったと感じています。その後東京本社の人事部や埼玉県の研究所に異動し、その後また神岡に戻り世界最大の水チェレンコフ宇宙素粒子観測装置「スーパーカミオカンデ」の建設にも携わりました。

初めての海外赴任先は電子材料を製造するマレーシアの会社でした。マレーシア、インド、中国といったさまざまな国籍の人たちと交流し、カルチャーショックの洗礼を受けた4年間でした。日本にいると我々は程度の差はあれ、内心どこかで「自分たちが考えていることは相手もわかってくれているだろう」という“同質”を求めがちですが、海外に出るとそれはまったく通じない考えであることがよくわかります。
例えると、こちらは相撲の土俵にあがっているつもりでも相手はボクシングのリングにあがっているのかもしれない。ビジネスの交渉事ならなおさらのこと、話し合いは真剣勝負です。そうした場面でいかに根拠と誠意をもって相手を説得できるか。「なあなあ」で終わらせることができない国際社会の厳しさを身をもって知ることができました。

公害問題を全面解決に導く最適解を模索

2013年12月17日、日本の四大公害病の一つ「イタイイタイ病」の被害者団体と三井金属は全面解決を確認する合意書に調印しました。「イタイイタイ病」が1968年に国内初の公害病の認定を受けてからほぼ半世紀。世界でも類を見ない全面解決の事例として話題を集めました。

「イタイイタイ病」は私が入社する前に既に裁判は終わっていました。公害の発生源は子会社の神岡鉱業で、私はそこに初めは技術職で赴任し、一度離れてから総務課長で戻り、再び異動して最後は社長の立場で帰りました。無論、社内でもこういうキャリアパスを通った人間はあとにも先にも私ひとりです。「この問題は自分の代で解決するしかない」、そう決意して被害者団体の方々と話し合いを進めてきました。
このとき私がもっとも心がけていたのは目に見える形で成果を出すことです。どんなにうまいことを言っても成果をあげなければ、相手に信用してもらえません。信頼関係の土台となる成果を、目に見える形で提示してきたつもりです。

そしてもうひとつ大事にしていたことは、その場で即答すること。「その件は本社に確認をしないと…」などと答えると、「じゃあ本社の人間を連れてこい」となるのは当然です。自分が責任者としてその場にいる以上は都度その場で判断し、自分が答え、一度口に出したことは何が何でもやり遂げる。それを愚直に地道にやり遂げる毎日でした。

全体集会の中で被害者団体の会長から、会社と被害者団体とは「緊張感ある信頼関係」だという発言がありました。敵対関係から信頼関係に至るには40年かかりましたが、この言葉を聞いた時に、この問題の解決に舵を切る時が来たと思い、胸に迫るものがありました。

ここから先は私の持論になりますが、若い皆さんが現在大学で力を注いでいる研究開発はつねに一つの“正解”を求めて努力を重ねていく世界でしょうが、人間社会に身を置く我々が問題を解決する、人をまとめるのは“最適解であり妥当解”です。
何事も互いの理想をぶつけあうだけでは平行線をたどるばかり。それよりも妥当解を絞り込んで、双方納得できる最適解を見出していく。そうできるようになるには、いくばくかの人生経験が必要であり皆さんに今求めることではありませんが、いずれリーダーとしてそういう局面に立つときがきます。そのことを頭の片隅に置いてもらえたらと思い、お話ししています。

フェローの流儀: 覚悟を決めて、おおらかに生きる

学生のうちにぜひとも身につけてほしいことは、考え抜く力です。ただ漠然と考えるのではなく、悩んで考え抜いた末にその袋小路を突破する経験を積んでほしい。

私の人生のモットーは「覚悟を決めて、おおらかに生きる」です。何をするにも人生にはリスクが付きもの。リスクばかりを考えても前に進みませんし、いつかは決断するときが必ずくる。決めたあとはアクションあるのみです。

それと学生時代に出会う、意見や価値観が違う友人も非常に大切です。ときには議論をたたかわせることができる友人とは、きっとこれからも長いつきあいが続いていくでしょう。