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新渡戸カレッジ履修生・修了生、フェロー・メンターからのメッセージです。

「もし自分が相手の立場だったら?」 と考える成熟した社会のメンバーに

玉城 英彦
投稿日: 2020-01-17

プロフィール

玉城 英彦(たましろ ひでひこ)さん
北海道大学 名誉・客員教授

1948年 沖縄県今帰仁村古宇利島生まれ
1971年 北里大学卒業
1978年 テキサス大学卒業
1983年 国立公衆衛生院(現在の国立保健医療科学院)卒業
1985年 国立水俣病研究センターを経て、世界保健機関(WHO)ジュネーブ本部に勤務。世界エイズ戦略に初期からかかわる
2000年 北海道大学 大学院医学研究科教授
2013年 北海道大学 名誉教授
2013年 北海道大学 国際本部特任教授・シニアアドバイザー
2017年 北海道大学 客任教授・新渡戸カレッジフェロー

刑務所が起こす学生たちのパラダイムシフト

先に申し上げておきますと私は北海道大学のOBではなく、本学の大学院医学研究科教授に着任したご縁でこちらに通うようになりました。その後、国際本部で新渡戸カレッジの立ち上げに関わり、そのままフェローにも声をかけていただいた、というのがこれまでの流れです。日本・アメリカ・スイスと“パスポート生活”が長かった経験を土台に、北大でもグローバル人材育成のお役に立てたら、という気持ちで参加しています。

私が学生の皆さんに伝えたいことは、「違う視点からものを見る」ということ。紋切り型のサクセスストーリーを聞いてほしいのではなく、そうではない世界があることを知ってほしい。そのために過去3年間のゼミでは「刑務所」をテーマに据え、座学の授業だけでなく札幌刑務所や女子刑務所にも足を運び、関係者の話を聞いてもらいました。

そうすると驚くことに、約2カ月間で学生たちに劇的なパラダイムシフトが起こります。当初は映画に出てくるようなステレオタイプの悪人イメージを抱いていた受刑者も、かつては罪なき“隣人”です。もし自分が彼らの立場だったら同じ選択をしていたかもしれない可能性に気づき、さらには社会復帰ができずに再犯を繰り返すのは偏見や差別がある社会のほうにも問題があり、その社会を変えるにはまず一人称である“私たち”が変わらなければならないと自覚するところまで、考えを深めるようになっていきました。

この学生たちの目覚ましい成長には私も感動に近い驚きを覚え、これをドキュメント化するのが教員の役目だと思い、『刑務所には時計がない―大学生が見た日本の刑務所』(人間と歴史社、2018年)という一冊の本にまとめました。第二弾もまもなく出版されます。新渡戸カレッジ・フェローゼミでどういう学びが得られるのかを知る参考にしていただけたら幸いです。

人権や多様性、国際社会に目を向ける機会を提供

元受刑者の問題も、私が世界保健機関(WHO)時代に取り組んだ世界エイズ戦略でも根本に横たわっている問題は人権問題です。社会の差別や偏見の対象となる彼らの人権および多様性を認めることが、成熟した社会となるために必要な一歩だと考えています。

札幌のある建設会社では余命ある病気をお持ちの社長さんが元受刑者の就労を大変熱心に支援しておられ、その社長さんを私のゼミにお招きして講演をしてもらいました。なかには「一体なんのためにそういうことをするんだろう?」「見返りはなんだろう?」と疑問に思った学生もいるかもしれませんが、見返りを求めずに他者や社会のために動くという価値観が現実に存在することがわかり、自分を振り返るきっかけになったのではないかと感じています。

学生の皆さんを見ていると非常に優秀であり、頼もしく感じる一方で、人権や多様性とは別の次元で“他者が得ているものを自分も保持しなければ”という公平性の担保にとらわれすぎているきらいがあるな、と感じることがあります。誰にとっても全てが等しいのではなく、“たまたま”そうなったということは人生で多々あることです。ときには他者との比較を手放して、あるがままを受け入れるおおらかさを大切にしてください。

私のかつての勤務地であったジュネーブといえば、日本人初の国際連盟事務次長となった新渡戸稲造の精神を掲げる新渡戸カレッジにとっては“聖地”のような場所(玉城英彦、『新渡戸稲造 日本初の国際連盟職員』彩流社、2017年)。新渡戸の足跡をたどるため、そして日本の学生たちに「こういう国際機関も自分の将来の選択肢になりうる」と感じてもらうためにも現地を訪問する研修を毎年引率しています。

フェローの流儀: “You and I”の関係でともに成長を

現在、私は“たまたま”フェローという立場におりますが、むしろ私が皆さんから学ぶことが多く、基本は“You and I”のフラットな関係でお互いに成長していきたい。いつも、そう思いながら接しています。

アインシュタインがこういう格言を残しています。“Life is like riding a bicycle. To keep your balance you must keep moving. ”人生という自転車をこぎ続けることの大切さを教えてくれるものであり、私も全く同感です。おすすめは、いきなり長距離制覇を目指すのではなく100m、200m先の身近なゴールを目標にすること。そよ風を楽しみながら、一緒に自転車をこぎ続けましょう!