応援メッセージ

たくさんのフェローと出会い 学生たちの成長を見るのが喜びです

プロフィール

大塚栄子(おおつか・えいこ)さん
北海道大学名誉教授、独立行政法人産業技術総合研究所名誉フェロー
1963年 北海道大学大学院薬学研究科博士課程終了

北海道札幌市出身。北大大学院薬学研究科博士課程修了後、ウィスコンシン大学博士研究員として赴任。1966年北大薬学部助教授、1984年同教授に就任し、核酸の有機化学などの研究を行う。1994年に日本薬学会学術賞、1996年に日本学士院賞を受賞。1999年北大教授を退官、名誉教授に。2000〜2004年産業技術総合研究所にフェローとして勤務、2004〜2008年北大幹事として勤務。2006年、産業技術総合研究所の第一号名誉フェローとなる。

未来のグローバルリーダーたちへ

%e5%a4%a7%e5%a1%9a2私はいつも新渡戸カレッジの学生に、「グローバルに活躍したいと思っているなら、時事問題に関心を持ってせめて新聞は読んでください」と言っています。最近は「情報はインターネットで」という人も多いと思いますが、インターネットは“人が選んで載せた情報”が多いでしょう。もちろん紙の新聞も公平とはいえませんが、なるべく広く、公平に、社会のメッセージを受け取れるようにしてほしいと思います。それから大学1、2年生の時間のあるうちに、いろいろな分野の本をたくさん読むといいと思います。本を読んで自分の頭で考える習慣をつけると、その後ずっと役に立ちます。

新渡戸カレッジのフェローになって4年になりますが、これまでに優秀な学生の成長ぶりをたくさん見ることができました。世界へ羽ばたく人材が、ここから巣立っていくのがとても楽しみです。カレッジでは他学部の学生と一緒になりますから、学部や専攻を越えて志のある学生同士が交流できる貴重な場です。多様な価値観があるなかで、自分と違うものを認めながら成長できるはずです。

私自身もいろいろな分野で活躍なさっている同窓生フェローに大勢会うことができ、とてもすばらしい経験になっています。フェローの皆さんとお話するのは本当に楽しい時間です。なんといっても世界中で活躍している方々ばかりですから。学生の皆さんもフェローと直接対話する機会をぜひとも有効に活用してください。

自分が認められるには、相手を受け入れること

%e5%a4%a7%e5%a1%9a3学生との対話プログラムでは、進路や専攻をどうやって選ぶかという話題がよく出ます。私は大学院を終えてアメリカに留学し、その後大学で過ごした自分の道のりを話すことが多いです。ウイスコンシン大学のコラナー博士研究所に初めて日本人ポスドクとして採用され、そのすぐ後に遺伝暗号が決定され、1968年にコラナー博士らがノーベル生理・医学賞を受賞しました。こうした「生物学の革命」といわれる遺伝子の時代に生きたことは、幸運としか言いようがありません。私自身は日本の医療の自給率向上を目標に研究を続けてきました。日本の医療は長い間、医薬品も医療機器も輸入超過が続いていますから、この状況を改善しなければいけないと思っています。

とはいえ、自分は“なりゆきに流されて”ここまで来たという感じもしています。私が留学した1960年代はアメリカは治安がよく、研究所から充分な給料をもらえたので恵まれた境遇でした。現在は安全の問題や経済的な負担など大変な面もあると思いますが、自分の希望に合った留学を検討してみてはと思います。

どんな道に進むとしても、若い皆さんには、多様性を認めることを忘れないでほしい。自分が認められたいと思ったら、まずは相手を受け入れ、認めなければいけません。これまでは女性であることさえ異質とされてきましたが、人口減少が進むなか、女性が頑張らなければ社会は成り立たないでしょう。さらにダイバーシティの時代に入り、性別も人種も宗教もさまざまな違いを認め合うことが求められています。そして、広い知識と人間について学び、紛争のない世界の構築に貢献することを、若い皆さんの目標にしてほしいと願っています。


フェローの流儀:人生で大切にしていることは?「セレンディピティの重要性とそれを生かす知識と勘」「人間は間違うという認識」「常に疑う精神」

私には長い間の実験から学んだことが3つあります。「セレンディピティの重要性とそれを生かす知識と勘」、「人間は間違うという認識」、「常に疑う精神」です。これらは実験に限らず何にでも当てはまります。理系の実験をしない人にもきっと役立つことと思います。

私の人生はなりゆきに流されて…と申しましたが、偶然の出会いや発見を見逃さないことを大事にしてきました。そして、そのためには充分な知識を蓄え、いつもアンテナを磨いておく必要があります。その上で、謙虚であること、違う見方をしてみること、思い込みに走らないこと。何度も実験を重ねながら、それらを学びました。